学会紹介

鉱物を通して地球の成り立ちや構造を探り,資源・環境問題にも取り組む学術専門家集団 日本鉱物科学会

2020年12月6日、小惑星探査機「はやぶさ2」から再突入カプセルが分離し、オーストラリア・ウーメラの砂漠に無事帰還し回収された。今回の成功によって、地球から遠く離れたリュウグウの試料を我々人類は手にすることになったのだ。それらを分析することで、太陽系の歴史や地球の生命の元になった水や有機物がどのようにして形成され、進化したのかといった謎に迫ることができると期待される。そのような地球や生命の材料物質の起源や進化を探る先端研究から、地球をつくる岩石・鉱物の構造や成因を調べる基礎研究や環境問題まで、様々なテーマに取り組む学術専門家集団が、一般社団法人日本鉱物科学会である。同学会は、地球に存在する6,000種近くの鉱物やそれらが集まってできた多種多様の岩石を研究対象とし、地球の歴史や構造,運動を解明し、それを未来のあるべき地球像へと発展させることを目指している。今回の取材では、同学会の宮脇会長と大藤理事・広報幹事へ、壮大な挑戦に取り組む同学会のミッションや今後の展望について伺った。

日本鉱物科学会の成り立ち:2つの学会の合併

宮脇氏:日本鉱物科学会は、「鉱物科学の発展と会員への貢献」を目指し、2007年に日本岩石鉱物鉱床学会と日本鉱物学会が合併して発足し、そこから「社会と学術界から信頼される、開かれた責任ある学術集団」となるべく2016年に法人化いたしました。元々、日本岩石鉱物鉱床学会では、岩石学、鉱物学,鉱床学,およびこれらと密接に関連した諸科学の発展と普及を目的とした研究等が行われておりました。また、日本鉱物学会は、元来、日本地質学会の一部として活動をしておりましたが、鉱物学のさらなる進歩・発展のため、日本地質学会から独立をし、鉱物学の基礎的テーマに加え、鉱産資源やセラミックスに代表される無機材質など応用分野での最先端の課題や社会的テーマも推し進めてきました。日本岩石鉱物鉱床学会と日本鉱物学会の合併により、学術誌刊行や研究集会の開催など学会活動の拡充や、学術の領域拡大や進捗につなげてきました。年に1度の年会(成果発表会)では、地球外物質や火山、環境問題など、従来の岩石学・鉱物学の分野を超えた様々な視点からの討論が繰り広げられています。

日本鉱物科学会の学問領域

― 鉱物学の扱う学問領域には、どういった学問があげられるのでしょうか?

宮脇氏:個人の見解にはなるのですが、鉱物学は、地球の本質を理解する環境科学、化学的・物理的な性質を理解する物質科学、社会に貢献する素材を設計する材料工学の、3つの学問の基盤を担っていると考えます。鉱物の結晶構造や岩石の組織、化学的性質などを調べることで、数億年以上も前の記録を引き出すことも可能性があり、その情報を基に過去の環境や地球物質の形成史を解明し、地球の本質理解へとつなげることができます。

― 鉱物と聞くと、どこか日常生活ではなじみのない物質と感じる方も多いと思います。鉱物は、普段の生活においてどのように関わってくるのでしょうか?

大藤氏:実は我々の身の周りにも鉱物はたくさん使われています。鉄や銅、アルミニウムなどの金属や金、銀など貴金属も全て鉱山から採掘された鉱石(有用な鉱物の集合)から作られていますし、最も硬い物質であるダイヤモンドも宝飾品のみならず,研磨剤や工具にも使われています。正確な時を刻むために時計の中に使われている水晶(クォーツ)振動子は鉱物から高純度化して育成(合成)されます。鉱物科学において、様々な鉱物が地球のどこでどのようにして生成し、どのような構造や特性を持つのかを追求することは、地球の歴史を紐解くだけでなく、実は我々の生活を豊かにすることに繋がっているのです。

宮脇氏:なぜ、地震が起こるのか?そしてなぜ気候変動が生じるのか?これらの疑問を持ったことは皆さんおありかと思います。例えば、地震が起こった際に、地層にどういった物質、鉱物があるかを認識することで、地震のメカニズムを理解することができ、地震の予測に繋げることが期待されます。また、昨今問題視されている地球温暖化について、地球の気候変動の本来のリズムから逸脱しているのか、客観的に考えてみたことはあるでしょうか。地球を構成してきた鉱物を丁寧に調べ、過去の地球環境の歴史を知ることでその解を導き出すことができるかもしれません。このように、日常生活では目に触れない基盤となる部分に、鉱物科学が活用されていることは多々あります。その他、半導体や触媒などにも、鉱物探求の結果、これまでになかった新素材が発見され、ニュービジネスの種となることも少なくありません。

鉱物科学×産学連携シーズ=イノベーション?

― 学術集会では様々な視点からご意見交換が繰り広げられているとのことですが、産業界との連携も進めていらっしゃるのでしょうか?

大藤氏:我々がベースとしている岩石学、鉱物学を含む地球科学は理学の一分野ですので主体は基礎科学ですが、その中から得られた知識やノウハウは,応用鉱物学として結晶工学や材料工学など産業へも活かされており、私たちの日々の生活へも還元されています。鉱物科学を修めた学生会員が産業界で活躍することもしばしばで、彼、彼女らの研究開発の中でも鉱物科学が活かされていると思います。しかし、直接的な産学連携はまだかなり限定的です。

 私自身はここ数年、民間企業や工学系分野の研究者と色々共同研究を行っておりますが、鉱物学や結晶学の知見や手法を活かせる課題は多く、実はニーズも相当あることを実感しています。なぜ,どのようにして物質(結晶)が生じるのか,材料の特性がどのようにもたらされているのか、といった根本が理解できれば、様々な物質や材料の組織や特性制御へ繋げられるからです。学会内には自分の得意分野を活かして、そうした応用研究へ発展させることができる人もたくさんいると思います。しかし残念ながら、現状では産業界との接点は限定的です。今後、鉱物科学をさらに発展させ、社会におけるその有用性と意義をアピールしてゆくためには、産学連携も視野に入れ、研究を多様化し研究成果を広めることのできるよう、学会としても戦略的に考える必要があるかと思います。

宮脇氏:自分たちのみで大きなプロジェクトを組むのではなく、諸方面と情報共有し、ビックビジネスの中に学会が活躍することのできる場所を見出すことで、社会への直接貢献に繋がればと思います。これまでの例でいうと、当学会員は、小惑星探査機「はやぶさ2」による地球とリュウグウの往復と再突入カプセルの回収、回収物の分析プロジェクトに参画をしており、リュウグウ探査や、地球帰還後の試料分析に貢献し、地球や生命の材料物質の起源や進化の解明を進めるべく活動しております。学術界の専門家が集うプラットフォームである当学会と、ビジネスセクターとが連携を進めて新たなビジネスチャンスを生み出すためには、基礎研究の成果を「シーズ」として橋渡しするインターフェイスの強化が重要だと考えております。一方で、社会の「ニーズ」にも目を向け、それに応える姿勢も問われていると思います。私どもの生業である基礎研究を確実に進めつつも、より一層産学連携推進に向けた挑戦の心がけを持ち続けたいと思います。

ニューノーマルな時代における、学会活動の展望

― 新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、組織の活動に変化はございましたか?

宮脇氏:運営面では、対面で行う集会を開催することができず、研究面では、野外調査に出ることができませんでした。また、教育面では、研究室や大学に立ち入ることができない等といった制約もありました。ただ、マイナス面の変化だけではありませんでした。通信手段を使ったデータのやり取りを通して研究を進めたり、今まで取得したデータを分析する時間にあてることで、論文などの成果物を作成、公表したりする人も多かったです。多くの困難に阻まれ、その対策に追われ、消極的になりがちな状況下で、「今こそ成すべき事」、「今しかできないこと」、「今のうちにやること」を見出し、新たな研究の展開に結びつけている人の姿に触れ、研究者の底力に勇気づけられます。

大藤氏:確かにマイナスの面だけでなく、プラスの部分もありました。テレワーク、オンライン化が進むことで、海外の研究者とも気軽にやり取りするようになりました。また、学会の年会もオンライン開催となりましたが、非会員の学生でも気軽に参加し、学術セッションの様子に触れてもらえたのは良かったです。さらに中高生などの若い世代へのアウトリーチの一環として、研究・調査内容や岩石鉱物の性質などを紹介した動画を配信するなどして、好評を得ています。今後の学会の教育普及や広報活動の在り方,進め方についても色々と考えさせられる1年になりました。今後、さらにオンラインコンテンツを拡充して行きたいと思います。

― 今後の学会としての展望をお聞かせください。

宮脇氏:地球という雑多な「るつぼ」で作られた鉱物という多様な物質の特性を明らかにし、公表することで、社会からも学術界からも信頼される学会になっていきたいと思います。生きていく上で役立つ、問題発見・解決などのベーシックスキル(生活力)の訓練や、様々な視点を持った人同士の情報交換の場となる学会を創り上げていくことを目指しております。是非若手の皆様にも鉱物、地球って面白いなと感じていただけるよう頑張ってまいります。自然を見る力、楽しむ力、知的好奇心を育むことで、どの職業に就くかに関わらず、学びの楽しさを振り返り、学びが実生活へと結びついていることに気づいてもらえればうれしいです。

大藤氏:同意見です。若いときに経験をしたことが、一生のどこかで役に立つと思って学んでほしいですね。特に、学生時代は自分の興味をとことん追及して良いと思います。また、この情報過多な現代、自分の頭で考え、自分で道を切り拓いていってほしいです。



<学会概要>
名称: 一般社団法人日本鉱物科学会
設立:2016年
HP:http://jams.la.coocan.jp/nyukai.html
Facebook:https://www.facebook.com/jams2016/
Twitter:https://twitter.com/jams2016may
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCtIgDhlXe5VeId6ODheXgTg
設立趣旨:日本鉱物科学会は、「鉱物」をキーワードとする学術専門家集団である。2007 年に「鉱物科学の発展と会員への貢献」を目指し、日本岩石鉱物鉱床学会と日本鉱物学会 が合併して発足し、「社会と学術界から信頼される開かれた責任ある学術集団」となるべく2016年に法人化した。